昭和50年代後半は自分の高校生時代バンドブーム全盛期
レッドツェッペリン
ディープパープル
クールス
矢沢永吉
アリス
オフコース
YMO
等々、洋楽ロックからニューミュージック、テクノミュージックとそのジャンルは多種多様
自分達も高校三年生になったら文化祭でバンドやろうということで当時の悪友7人でバンドを組む
自分はキーボード、シンセサイザー担当
バンドのメンツは
小学生の頃家族そろって歌合戦に出ることを目標にしていたボーカルのY
何をやってもリーダーの頭角を現す頼れるギターのK
サイドギターはちょい悪のH
高音のコーラスが魅力のK
ドラムスは郷ひろみと呼ばれていたS
そしてちょい悪でいじられ役のベースのT
自分の7名
半年前から文化祭を見据え、それぞれ練習を開始
夏休み等は合宿と称して練習の合間に、酒、たばこなんてちょいと悪さをしながら目標に向かって練習を積んでいた
文化祭まで1ヶ月を切ったある日の体育の時間
何をやっていたかは忘れてしまったが
目の前にはふざけて転んでしまった いじられ役のベースのT
彼は一言「痛って~」
「ばーか なにやってんだよぉ」などと仲間からの冷やかしをうける
翌日、、、
なんと彼の右手にはギブス
骨にひびが入ったらしい
Tらしいと言えば、Tらしい(※)
彼のギブス姿を見たバンドの仲間は怒り心頭
ベースが弾けなくなり、文化祭でのバンドもおじゃん
「こんなときに 何やってんだよぉ ‼」
「おめーよぉ ふざけんなょなぁ」
メンバーからの悲痛な叫びと罵声
そして本気ではないが、ヘッドロックやキック、パンチの悲しみのスキンシップ(焼き入れじゃないですよ 当時)を彼に一斉にあびせる
T曰く
「俺がんばっから だいじょうぶだがら」
そんな状況でもキラキラした目でメンバーに訴える
かくして文化祭当日
右手にギブスをしてチョッパー奏法のTは大受けとなった
(理由のわからない一部にはファッション&パンクと映ったかもしれないが僕らニューミュージックでパンクじゃありませんから(笑))
演奏が終わるとT曰く
「いでっ すんごぐいでっ」
いやーおめーにはやられたよT‼ メンバー一同賞賛
ハラハラドキドキそして最後はみんなでニコニコの高校三年最後で最高の文化祭だった
時折思い出す、学生時代の一コマ 最高の仲間・友達
魂のベーシスト”T”(超美化)
今どうしてるかなぁ。。。

※Tは風貌がヤンキーのため、当時カラス族と呼ばれたガラの悪い連中に道端で車の中に連れ去られ突然拉致されたなんて事もあり、皆で助け出しに行った事もある逸話の持ち主。(この時もTは助け出された後 いてっと言っていた(笑))
”不適切にも程がある”の時代を過ごしてきた同志の皆さん 時代の変化に対応して今日も頑張りましょう‼ そして今の時代しか知らない若い皆さん、素晴らしい思い出を作れるよう今日も仲間と頑張りましょう‼
ブログランキングに参加しています この記事がおもしろいと思っていただけたらポチっとお願いいたします
にほんブログ村
コメント